ARTICLES
シリーズ-東北大学を訪ねて[第2回] インタビュー:サイエンスコミュニケーター・長神風二
2012. 11. 04
文:菅野康太
2011年サマースクール通常コース初日、8月18日の朝。私は、東北大学川内キャンパスにある、東北大学図書館に訪れた。翌日に、このサマースクールの関連企画として、図書館の展示室で行われる「江戸時代と現代のメディカルイラストレーション」という企画展の打ち合わせに同行させてもらうためだ。
江戸時代と現代のメディカルイラストレーション
http://www.med.tohoku.ac.jp/index.php/article/show/id/1084
この企画展では、あの杉田玄白の『解体新書』や『蘭学事始』など、「江戸時代のサイエンス」とも言える文献が展示されていた。これらの文献は日本版「サイエンスイラストレーション」のはしりと言えそうだ。東北大学図書館では2009年に「江戸のサイエンス 〜あたたかな科学が生まれた頃〜」という企画展を開催、また同じ名前の冊子を制作している(東北大学川内生協書籍部で購入可)。
「江戸のサイエンス 〜あたたかな科学が生まれた頃〜」
http://tul.library.tohoku.ac.jp/modules/coll/index.php?content_id=88
今回は、その企画展の展示物の一部に加え、北米のサイエンスイラストレーションの作品や、メディカルイラストレーションの父とも言われるMax Brödel(マックス・ブレーデル)が描いた腎臓結石のイラストなども展示された。ブレーデルはもともとジョンズホプキンス大学で標本や人体などの卓越したイラストを描いていたが、1911年、”Department of Art as Applied to Medicine” を立ち上げ、そのディレクターとなる。この学部でのメディカルイラストレーションの教育から、北米でのサイエンスイラストレーション・メディカルイラストレーションが盛んになるが、この分野の北米におけるイラストレーターの全員が、系譜を辿れば、ブレーデルの弟子、孫弟子、ひ孫弟子…となる程、彼の功績は大きい。
The Association of Medical Illustrators (AMI)によるブレーデルの説明(最下段)
http://www.ami.org/medical-illustration/history-of-medical-illustration.html
このように、サイエンスというものも、その表現のなされ方とともに歴史的な営みとして眺めてみると、非常に文化的なものに感じられる。
「大学には、こういうお宝がかなり眠ってるんだけど、人目に触れる機会が少なくて。大学に4年いて、やっとこういうものを引出せるようになってきたよ。存在すること自体は、前から知っていたんだけど…」とこぼす、サマースクールやこの展示の企画者であり、東北大学脳科学GCOEおよび医学部 広報担当特任准教授(当時)の長神風二さん。
[左から講師のDavid Riniさんと奈良島さん、長神さん。翌日の企画展で展示するページの確認中。日本の古い資料に食い入るRiniさん]
長神さんはサイエンスコミュニケーターとして活動している。サイエンスコミュニケーターとは、科学と社会の接点における潤滑油のような存在と言えるだろうか。専門家や専門的知識と、非専門家の間の架け橋のような役割をする。最近では科学館でお客さんに解説をしてくれるサイエンスコミュニケーターが多いことにお気づきの人もいるだろう。
長神さんは2002年から、日本科学未来館での展示や、トークイベントシリーズ「ライブトークScience Edge」などを企画・運営し、2006年から、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の科学技術コミュニケーション担当として、毎秋日本科学未来館で開催される大型イベント「サイエンスアゴラ」 を創設した。2008年1月から東北大学脳科学GCOE特任准教授、2008年4月からは、大学院医学系研究科・医学部の 広報室担当も兼務。2012年現在は東北メディカル・メガバンク機構の広報も担当している。
最近では著書「予定不調和―サイエンスがひらく、もう一つの世界」が発行されたり、DOMMUNE FUKUSHIMAにも出演するなど、サイエンスコミュケーションを主軸に幅広く活躍している。
東北大学では、肩の力を抜いて、科学の話題を聴いたり語り合ったりする「サイエンスカフェ」という形式のシリーズ企画、「脳カフェ」を仙台メディアテークで8回に渡り開催したり、『脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界」や『芸術と脳科学の対話―バルテュスとゼキによる本質的なものの探求」の著者として知られる神経生物学者のセミール・ゼキ博士と美術家で東北芸術工科大学副学長の宮島達男さんとのシンポジウム・対談「脳科学と芸術との対話」など数々の興味深いイベントを行ってきた。
「脳科学と芸術との対話」
http://www.med.tohoku.ac.jp/nsgcoe/ja/topicsDetails/symposium20110121/index.html
「脳カフェ」シリーズでも、脳の研究者だけでなく、プラネタリウム作家や雑誌編集者、能楽師(脳と能!)を招くなど、科学だけの世界観にとらわれない、開かれた雰囲気の中で、他の分野と繋がりながらイベントが進められてきた。
更に、昨年2010年には、サマースクールの関連イベントとして「Art Meets Science Vol. 1」が開催され、アーティストやサイエンスコミュニケーターによるライトニングトーク(5分程度のプレゼン)が行われたのだが(実は、菅野もSYNAPSE projectの紹介をさせてもらった)、なんと場所は宮城県知事公館! ゲストや大学関係者、受講生だけでなく仙台市の職員や地域の人もパーティに参加していた。
Art Meets Science Vol. 1
http://science-in-society.blogspot.com/2010/08/art-meets-science.html
Art Meets Science Vol. 2は仙台の卸町にあるTRUNKというクリエイティブスペースで開催され、サマースクール受講生の作品展示とトークショーが行われた。
仙台市では2009年より卸商団地地区をクリエイティブ産業立地促進助成制度の対象地区として指定しクリエイティブ産業の集積を図ろうとしている。卸町からクリエイティブとテクノロジー、アートのコラボレーションによる新しいビジネスモデル、ライフスタイルを生み出していくことを目的としてTRUNK-Creative Office Sharing-をスタートさせた。TRUNKには仙台を拠点とするクリエイターが数多く参加している。このイベントの看板も、受講生の作品を元にTRUNKのクリエイターが手がけた。このように仙台市とも連携しながらサイエンスコミュケーションを行っている。
Art Meets Science Vol. 2
http://science-in-society.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
TRUNK
http://www.trunk-cos.com/index.html
東北大のメンバーが主たる幹事を務め、2011年9月に横浜で行われた日本神経科学学会の大会でも、横浜の高校生を招いての学会見学ツアーや横浜トリエンナーレとのコラボレーション企画が行われた。これまでSYNAPSEでもアートやデザイン等の異分野とのコラボレーションに力を入れてきたが、東北大・長神さんの活動にはさらに「地域性」というものも強く感じる。
最近では、これまでの経験を元に、前回の記事でも登場してもらった東北大脳科学GCOEのデザイナー・栗木さんとユニット・V.A.S.を組んで、サイエンスイラストレーションや錯視を用いたグリーティングカードを「クリエイターが創る、新しい仙台みやげ展」で販売している。
V.A.S
http://sendaimiyage.jimdo.com/063-v-a-s/
サイエンスコミュケーションの分野で、フリーで活動している人間は少なく、そのほとんどは大学の教員か広報担当者、もしくは大学院生や学部生。大学の中の人である。私も大学に所属しているので、事情はよくわかっているつもりだが、大学の人間がこれくらい色々と動き回って異分野や地域との連携企画を実現していくのは、様々な理由(詳しくは言わないけど)から、私の知る限り稀なことに思える。特に、無料で、ボランティア的に行われることが多い学術関連活動にあって、販売に手を出すことは、大学の中の売店で売られるグッズ以外は、ほとんど誰も関心が無いか、手を出したくないというのが現状だ。
長神さんは、いったいどんなことを考えて、これまでの活動をしてきているのか。サマースクールの合間や、企画展「江戸時代と現代のメディカルイラストレーション」を手伝わせてもらいながら、長神さん、そして同じくGCOE事務局デザイナーの栗木さんに聴いてみた。
— どうしてグッズ販売を始めようと思われたのですか?
長神:大学のプロジェクトは期限付きのものが多いので、お金が切れちゃった瞬間に、それは打ち上げ花火で終わってしまう。そうではなく、シリーズ化するとか、なにか続けていくときに、一つやったことで次のことが出来るための何かも回収していかないと、繋がっていかないと思うんですよ。それに対価を払うってことは、最終的に、活動の評価になっていくと思うんですよね。財布の紐を開けてでも、見たいと思わせる何かをできたか?っていう。
— お金を取るってことで、主催側の本気度を計られる場合もありますものね。
長神:そうそう。でも、公共施設を借りるとき、有料にした途端に使用料が3倍に跳ね上がって、逆にそれをまかなうだけのお金をお客さんに払ってもらうのって結構厳しい。そうすると、イベントに付加価値をつけていかないといけない。イベントという「コト」だけじゃなくて、「モノ」だったり、多面的な何かがあるってことは大きい。なかなか実現できてないんだけど、本当はやったイベントもテープ起こしして、書籍とか電子書籍とかにする方法もある。計算してみると、500円で1000部売れれば、十分モトが取れるんだよね。さらにそこで電子媒体でリンク飛ばして、色々繋げていくとか。色々やれたこともあったと思うんだけど、震災が来ちゃって、もう夏になって、このサマースクールがあって、9月には学会で… 全く手をつけられてません(笑)
— イベントって色んなところで行われてますけど、そういうのも、やりっ放しじゃなくて、是非アーカイブ化して欲しいですよね。iTunes Uとかもありますし。
長神:税金で(研究や大学運営を)やってる以上、出来ないこととか、(説明責任の意味での)説明に終始しちゃったりってこともあるから、そうじゃないこともやりたいし、説明責任を果たすことを求めて見に来てくれてるお客さんだけではないから、自由に使えるお金でもっと活動の幅を広げたいということもありますね。
あと、仙台って場所は(マーケットの大きさの問題で)色々やり辛いこともあるけど、仙台だから出来たことってのもあって、今度はそれをどうやって他の地域の人に届けるかってことも考えたい。
iPadアプリとか、電子書籍も考えたいけど、日本ではフォーマットが統一されてなくてまだユーザビリティが低いし、ウチはメンバーが少ないから、やはり、手が回らず(笑)
— サイエンスコミュケーションの分野で、あんまりこういうことを考えてる人は多くないかもしれませんが、現状ではビジネスモデルが無いのが難しい点ですよね。その状況下で、USTREAMで簡単に発信出来るようになったのは我々にとってはかなり有り難いと思います。ところで、Ustと言えば、DOMMUNE FUKUSHIMAに出演されましたよね。これって、僕はサイエンスコミュニケーターとしては驚異的なコトではないかと思うのですが(笑)、大友良英さんか小川直人さんが「番組にサイエンスコミュニケーターが欲しい」と思われたのでしょうか?
長神:小川さんですね。僕も小川さんが書いたものを最近読んでいて、そこから。
— 小川さんも仙台メディアテークのお仕事をされてますし、東北大はTRUNKとか、仙台市とかと連携して色々やってるのが面白いなぁと思います。
長神:連携っていうか、よく飲んでるっていうか(笑)
— ところで、大学がパンフレットなどを外注せずに、デザイナー職を雇用して、インハウスでやってるって珍しいですよね?そういう募集があったんですか?
長神:このプロジェクト(GCOE)を立ち上げるときに、代表の大隅先生が「デザイナー職」で募集を出したんだよ。で、もともと絵が好きで、前の会社でもグラフィックとかやってた栗木が応募してきて。
栗木:はい、デザイナー職って書いてありました(笑)。これまで科学とかに関わっていたわけではないのですが、きっと学会とかシンポジウムのポスターとかパンフレットとかつくるのかなぁと。
長神:嘘ばっかだよな。
— 普通の事務仕事もなさってますね(笑)
栗木:普通にリストを作ったりしてました。
長神:で、その後、僕がここに移ってきて、段々ポスターとかパンフレットを作っていくんだけど…。最初の方のポスターは思い出したくないんだよな?
栗木:(苦笑)
— (時系列順に壁に貼られたこれまでのポスターを見ながら)
ああ、なるほど、新しくなるにつれて、徐々に「大学っぽさ」が抜けていきますね(笑)。僕、いわゆる大学っぽい色使いとかのポスター、嫌いなんです。この前の第6回 脳カフェの、ビビッドな黄色とか、ピンクとか、いいですよね。エッヂが効いてて。大学の先生には、お気に召さない方も多いですが…。他の業種とか、広告とかでは普通の「イイ感じ」のデザインも、最初は学内で反対とかされませんでした?
長神:そこは、僕の仕事っていうか「こっちの方が良いものは良いだろ!」ってことで、説明してね。先生方から色んな要求はあるわけだけど。例えば、一応、脳の研究のプロジェクトだから「脳の絵は必ず入れて」って言われることもあるけど、情報量的に配置が難しかったりすると、色を使わず、ニスをのせるだけで脳を描いたりとか。で、「描きましたけど」って言う(笑)。 TRUNKの人からも「普通こんなことやらせてくれるクライアントいませんよ!」って言われる。
— ニス塗るとか、お金かかりますもんね。僕らもSYNAPSE Vol. 1でやりましたが。他のも、印刷とか、結構お金かかってますよね? 大学のものにしては「遊び」が含まれているので、見ていて楽しいです。
長神:でもね、意外とコストは下げられるんだよ。ウチは、もともとデザインフィーは栗木の給料に含まれてるから、あとは、紙とか印刷のことをこちらが知れば。場合によっては、特色使っても安くなったり。紙と色にかける値段のバランスだったり(特色印刷:通常のCMYKの4色のインクによるフルカラーではなく、希望する色ごとにインクを作る。色味が鮮やかだが、色を多く使うと料金が高くなる)。
[何故か、大学の事務室にやたらと紙のサンプルがある。これを見ていつも印刷屋さんに注文をしているらしい。右の写真は、ハエがとまっているのではなく、とまっているように印刷された紙]
長神:で、色々印刷屋さんに試してもらって、見積もってもらうと、やっぱり安くなる!
— たちの悪い客ですね…
長神:いやいや!印刷屋の担当のお兄さんも、楽しんで一生懸命やってくれるんだよ。結果的に、良いものになるし。
— しかし、そうやって好き勝手やれるのは、いいですね。ちゃんと権限が与えられてるというか。
長神:好き勝手やってるかな!?まぁ、僕くらいの位置だと、普通はもうちょっと保守化するか…
— ここのトップが(芸術などがお好きな)大隅先生というのは、大きいですよね。
長神:それは大きいね。
・
・
・
このあたりから、大学のあり方、学会のあり方など、込み入った業界内の事情、もしくは、ここではとても書けない話に突入。大学や学会など、研究者コミュニティのあり方、その外部評価、設置自治体との関係などについての議論は、またの機会に。
— ところで、大学の今後のあり方を考えて、実際に変えようとしたり、外部評価を入れたりってことをするためには、大学の外の人にも大学や研究者コミュニティのことを知ってもらう必要があると思いますが、長神さんがやられている活動は、そういうことへの布石にもなっているんでしょうか?
長神:全然考えてない、楽しいからやってる(笑)。いや、頭の中では考えますよ、色々。でも、僕は基本的に、中央の組織を変えるとかよりも、自分はもっと現場の人間だと思ってるんで。
ただ、(科学とか大学とかに興味をもつ人の)裾野は広げたいと、思うんですけどね。
話がこの辺りまで進んだところで、長神さんは、サマースクールの講義へ。
次回は、会話中にも出てきた、東北大GCOEの拠点リーダーを努めた東北大学医学部教授の大隅典子先生のインタビューをお送りさせて頂きたい。