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イベントレポート「mutant」MEGUMI BABA EXHIBITION
2012年5月、3331 Arts Chiyoda B106で開催された、美術家・馬場恵さんの個展にうかがった。
個展情報 http://www.3331.jp/schedule/001541.html
ところで、本題に入る前に、この「PEOPLE」のコーナーの主旨を述べさせて頂きたい。このコーナーでは、SYNAPSE Lab. のメンバーや関係者の方が、各個人の視点から、イベントレポートや様々な事に対して想うところを綴ったり、我々が出会った “人” についてのお話を書いていきたいと思っている。
さて、本題に戻ろう。
これまでも植物をテーマとした作品を制作してきた馬場さんだが、今回は、遺伝の仕組みを巧みに駆使した江戸から続く日本伝統の園芸文化、「変わり咲き朝顔」に注目した内容であった。上の写真は、今回展示された作品。西洋の伝統的植物画の技法である銅版画で刷られた朝顔が、プラスチックに貼り込まれたパーツになり、標本状に配置されている。
馬場さんは昔から植物に興味を持っており、擬態や花の色、模様の変化とその形や色の持つ機能、もしくは、それらと他の昆虫などの関係といった事実から題材を得て、作品を制作している。創作活動や、専門学校や美術館の講座などで教鞭をとるだけではなく、ご自身も現在大学に在学し、生物学の授業や実習でスケッチをしながら、科学者との交流を試みているそうだ。「自然に向き合う自然科学の研究者と、美術 / 芸術の表現者が向き合う事には、間違いなく、大きな可能性があると、確証に近い感覚を覚える」と、馬場さんは語ってくれた。
さて、今回の展覧会に至る馬場さんの最初の興味は、蘭にあった。すべての蘭が持つのは、たった六枚の花びらなのに、なぜ原種だけでも、あんなに多様な形や色があるのか? そんな疑問を持ったそうだ。
色々と調べていくうちに、馬場さんは朝顔に行き着く。江戸時代に、朝顔が庶民の楽しみとして栽培されていた記録があり、文化文政期(1807年~)に一度目のブーム、嘉永安政期(1848年~) に二度目のブームが巻き起こっていたことを知るに至る(資料3)。その最中、メンデル遺伝の法則が知られる以前であるこの時代に、様々な品種改良が行われ、それらが絵とともに記されていた。これら記録は、一種のサイエンスイラストレーションと言うことができるだろう(サイエンスイラストレーションに関しては、後日改めて記事を掲載する予定)。
今では、これら品種改良によって作出されたものも含め、花の様々な色や模様、形の多様性は、遺伝子の多様性によるものであることが、植物学者によって、分子生物学レベルで詳しく調べられている。ゲノム中を「動く遺伝子」として知られるトランスポゾンも関わっているようだ(資料4)。
今回の馬場さんの作品は、文献を参考にしながら実際に記載があるものを再現したものや、馬場さんの調査に基づく「想像」によって作られた架空の朝顔から構成される。どれが実在したもので、どれが架空のものか、私には説明を受けないと区別は出来ない。実際に、様々な遺伝子変異体を用いて、動物や植物における遺伝子機能の研究がなされているが、この作品を見ながら、いったいどんな遺伝子が、朝顔の色や形を決めているのかに、私は想いを馳せた。
今回の展示の参考資料
1. 米田芳秋 『アサガオ 江戸の贈り物 ̶夢から科学へー』裳華房 1995 年
2. 渡辺好孝 『江戸の変わり咲き朝顔』平凡社 1996 年
3. 小笠原 左衛門尉亮軒 『江戸の花競べ- 園芸文化の到来』青幻社 2008 年
4. 財団法人 九州大学学術研究都市推進機構 ナショナルバイオリソースプロジェクト『アサガオ』 http://www.opack.jp/fair/a/a_6.html
mutant “sample space” 70 × 90 cm
銅版画/プラスチック板/金属合板/シルクスクリーン 制作年:2012年
(Top画像の作品)
文:菅野康太