MENU

誰かの視点を想うこと

共感覚者と出会ったSYNAPSE Lab. メンバーの思いをレポートしました。

2013.6.15
Text:SYNAPSE Lab.(おかべしょうた+飯島和樹+菅野康太)

 

東京は日本橋大伝馬町。江戸時代、流通の一つの要として機能していたこの街には、今でも多くの繊維・文具問屋が軒を連ね、昔ながらの文化が連綿と息づいている。そんな独特の雰囲気を持つ街に、「Creative Hub 131」はある。

ビルを丸ごとリノベーションしたその場所には服飾やプロダクトデザイン、コンサルティングや栄養士など多様な分野で活躍するクリエイターが入居し、日々様々な活動が営まれている。人と人との繋がりを中心に据え、新しい価値観やライフスタイルの創出を試みる実験的なコミュニティだ。

(Creative Hub 131 http://1x3x1.jp)

さる6月8日(土)・9日(日)、このCreative Hub 131にて「アトリエとキッチンのマルシェ」というイベントが開催された。イベントのテーマは「あのひとの世界の眺め方」。”隣のひとの視点を知ることで、世界がいつもより豊かに彩られていく”というコンセプトのもと、様々なクリエイターがそれぞれの世界観や物語を持った作品を持ち寄り、創作の背景などを伝えながら販売するマーケットである。 また、同時に色とりどりのスイーツや食事も販売され、まさにアトリエとキッチンが一つになったような「美味しさ」が香るマーケットとなった。

イベントの会期中には「あのひとの世界の眺め方」にフォーカスしたワークショップも行われた。そのひとつが「共感覚」疑似体験室である。

共感覚とはあるひとつの感覚刺激により異なる種類の感覚が想起される知覚体験である。感覚間の結びつきのあり方は人によって異なるが、たとえば、文字に色を、音に香りを、形に味を感じたりと、通常は直接結びつくことはない感覚が文字通り同時(共)に想起される珍しい現象である。ワークショップでは共感覚と脳、共感覚と文化というテーマについてスライドを交えた説明がなされると共に、文字に色を感じるフォトグラファー・太田梨奈さんが登壇し、共感覚のふしぎについて参加者とディスカッションが行われた。SYNAPSE Lab. からも飯島・菅野・おかべが参加させていただいた。

(太田さんが感じる数字の色。0?10まで多様な色を感じる。)

(数字だけでなく文字にも色を感じる太田さん。左の文字は右のように感じる。感じる色の濃さは元の文字の色が見えなくなる程はっきりしたものではないらしい。また、太田さんの場合、数字も文字もただの視覚イメージではなく「字号」として認識することで、はじめて色を感じるとのこと。)

 

共感覚それ自体、非常に興味深い現象であるが、このワークショップで最も印象的だったシーンが2つあった。その1つは共感覚にまつわる説明が一通り終わったところでやってきた。「共感覚ならではの作品作りというものはあるのか」という会場からの質問へ太田さんが答えた時である。

「文字に色が見えても私にはあまり意味はありません。これは自動的な脳の機能ですから。私の場合、共感覚とフォトグラファーとしての感性は別のものなんだと思います。」

笑いながらそう答えた太田さんの姿はとても印象的であった。イベントへ参加する前、SYNAPSE Lab.では共感覚を特別な能力、超越的な能力と結びつける言説が飛び交うのではないかと若干の不安を抱えていた。とくに「感覚」のような科学研究のみならず、多くの人の関心を集めるトピックは魅力的であると同時に、論理的ではない方向へと舵が傾く恐れがある。
そのような心配から、どのようにディスカッションに参加するか様子をうかがっていた。しかし、何よりも共感覚を持つ太田さん自身が共感覚を「脳」という物質が生み出す極めてメカニカルな現象として捉え、そのメカニズムについて知りたいと考えていたのだ。その姿勢は科学に身を置くものがディスカッションに参加する上で非常に心強いものであり、実際それからのディスカッションは大いに盛り上がった。

「色は見えるのか、それとも感じるのか?」
「文字をどこまで崩すと色を感じなくなるのか?」
「そもそも感覚の処理は脳のどこで行われているのか?」

会場を交え、様々な質疑が交わされ、その全てに太田さんは自身の経験を交えながら丁寧に応え、時には私たちに話題を振り、より科学的な説明を求められた。文字を処理する脳領域と色を処理する脳領域の相互作用が示唆されていることや、そもそも共感覚をもっているかどうかはどのようにして客観的に判断するのか、といったことなどディスカッションは可能な限り慎重に、時には逸話も交えて楽しく進められた。

そして、ワークショップの終盤に2つ目のハイライトがやって来た。それはワークショップのファシリテーターを務めていたライター・編集者の飛田恵美子さんの言葉である。

「共感覚は確かに珍しい感覚ですが、その”世界の眺め方”やメカニズムを探ることで、マイノリティに対する不要な誤解や齟齬がなくなるかもしれない。共感覚に限らず、隣の人の視点を考えることで世界はもう少し明るく鮮やかになるのではないか」

とりわけ動物では共感覚の再現が困難であるため、その検証の多くはヒトを対象にする研究においてのみ可能になる。しかし、ヒトを対象にする研究にも多くの困難が伴い、ほとんど研究が進んでいないのが現状である。それゆえ、時には共感覚に「妄言」というレッテルが貼られ、傷つく方も多いと聞く。
その一方で、近年ではfMRIなどヒトの脳活動を非侵襲的な手法(物理的な傷を被験者に与えない方法)で観察することが出来る技術が登場し、ヒト認知機能のメカニズムが徐々に明らかにされつつある。このような科学の発展は学術的な価値を持つだけでなく、飛田さんが仰った、マイノリティへの誤解の低減に大きく貢献しうるものである。

共感覚者には共感覚者の、
研究者には研究者の、
そして、この文章を読むあなたにはあなたの、
それぞれの視点がある。

そういった、「誰かの視点を想うこと」は多様化する社会において今後益々重要になるだろうし、マイノリティとマジョリティとの接点で生じうる誤解や批判を減らすためのコミュニケーションとしても必要だろう。もちろん、誰かの視点を想うこことと、その視点に合わせて自身の視点を大きく変えることは意味合いが多少違う。肝心なのは自己の視点を尊重しつつ、他者の視点を考えること・その存在を知ることなのではないだろうか。
共感覚者は共感覚者の視点を持ち、そうでない人はまた別の視点を持つ。研究者は研究者なりの視点を持ちつつ、事実をひとつひとつ積み重ねていく。それらは巡り巡って誰かの視点を考える材料になるかもしれない。実際、共感覚者の「主観的」体験を研究したことで、研究者が新たな視点を持ち、その研究が知られることで、また別の他者に新たな視点をもたらした歴史的事実も、ある側面にはあるだろう。そして、今回のワークショップのように共感覚者自らが自身の視点を伝えると共に、時には研究者も自身の視点を伝え、価値観を共有することで新しい「世界の眺めかた」が増えるかもしれない。

大げさかもしれないが、そのようなことを「共感覚」疑似体験ワークショップ、そして「アトリエとキッチンのマルシェ」で感じさせられた週末だった。このような有意義な時間をくださったスタッフの方、太田さんに改めて感謝したい。

ワークショップ終了後、参加者の生年月日の数字に太田さんが感じる色を対応させた水引を使って、手作りブレスレットの制作が行われた。

(0?9に対応する様々な色の水引がブレスレットの材料。パッケージも可愛らしい。)

 

(色とりどりのブレスレットが完成した。1本1本の水引をそのまま結んだり、互いにひねって結んだりすることで、完成した時のデザインが大きく変わるのもハンドメイドならではの楽しみだ。)

こういった何気ないプレゼントはワークショップの思い出になるだけでなく、その内容をつなぎ止めるきっかけになるのではないだろうか。最後に、SYNAPSE Lab. がお勧めする「共感覚関連本」を紹介し、レポートを終えたいと思う。

 

 

SYNAPSE Lab. おすすめ「共感覚関連本」

「ねこは青、子ねこは黄緑-共感覚者が自ら語る不思議な世界-」
パトリシア・リン・ダフィー著/石田理恵訳

自身も共感覚者であるパトリシア・リン・ダフィーによる著作。父親との何気ない会話から自身が共感覚者であり、「世界は自分が思っていたものとは違うらしい」ということに気づかされ、うろたえてしまったというエピソードから本著は始まる。著者の生々しい経験談や他の共感覚者との対話、共感覚者の芸術作品についての思索が綴られると共に、研究者との様々なやり取りも織り交ぜられ、共感覚に関する科学的な説明が広範に紹介されている。それら数多の話題は共感覚に関する概要を説明するだけでなく、「あなたが見ているものは、私が見ているものと同じですか?」という問いを読者に投げかけている。共感覚の世界を知りたいと思った方には、その一歩としてお勧めしたい1冊である。 (おかべしょうた/SYNAPSE Lab.)

 

 

「脳のなかの万華鏡」
リチャード・E・サイトウィック、デイヴィット・M・イーグルマン著/山下篤子訳

共感覚の科学的研究の確立に尽力してきた精神内科医サイトウィックと、近年の共感覚の脳機能イメージングの代表的研究者であるイーグルマンによる共著。2000年代の脳研究を含め、共感覚についての最新の科学的知見を幅広く網羅し統合している。同時に、実験から浮かび上がってくる共感覚の印象的な特性の記述を重ねていくことで、多様な共感覚の世界を読者に追体験させてくれる魅力も備えている。この本が持つ鮮やかな喚起力は、共感覚者の主観的な内観報告をいかに客観的な科学的データとして取り扱うかに苦心し、実現させてきた研究者だからこそのものだろう。そして、特殊な現象である共感覚を通じて、あらゆるひとの感覚が創造的なものであることに気づかせてくれる。 (飯島和樹/SYNAPSE Lab.)

 

 

 

RELATED POSTS